■Top

■About

■Illustration

■Novel

■Index

■Clap

翠月 -誕生日SS2-

――お父さんの目にあたしはどんな風に映っていたのかな。

 海の見える小高い丘の上に建てられた廃墟の2階、窓辺で目をつむり、腰をかけて潮さいと風の音に耳を傾けていた少女は戻ることのない日々に浸っていた。異形の耳と尻尾を持つ少女、薫(かおる)は狂気に駆られた科学者たちが生み出そうと躍起になり、一人の奇跡の科学者が生み出した夢の産物である。  元々戦闘兵器として人工子宮より這い出た彼女とその同胞をかの科学者は自身の子どものように可愛がり、疎ましく思っていた科学者の凶弾に倒れた。
 彼女は彼が亡き妻の姿を重ねていたことなど知る由もなかった。
 白いワンピースの膝元に置かれた半分焼け焦げた写真には、彼女そっくりな女性と彼が映っている。燃え上がる研究施設から持ち出したいくつかの遺品に頼りなく挟まっていた写真。
 影もなく笑う写真の彼へ届かない問いかけを続けていた。

――その頃。
 下の階で嬉々として準備を進める少年と少女たちの姿があった。
「おねえちゃんよろこんでくれるかなぁ。」
 琥珀色の大きな瞳を輝かせる少年、高見 蛍(たかみ ほたる)は有り合わせで作った少し大きめの箱を大事そうに両手で抱えながら傍で準備をする少女に問いかける。
 桜を思い起こさせる淡いピンク色の長い髪が振り向きざまに柔らかく宙を舞った。
「うーん、どうかしら?」
 人差し指を唇に軽く当てて思案するように視線を上に見やる。その仕草と立ち振る舞いはお嬢様といった部類に属する少女、西園寺 岬(さいおんじ みさき)は整然と並べられた食器や花瓶に女性らしい彩りを添えていく。
 廃墟と化していたダイニングルームは今やミニパーティ会場と化していた。そこにできたばかりの料理を運びに来た2人の少年が現れる。
「蛍まだプレゼント抱えていたの?」
 小麦粉と汲み上げた海水を練って作った薄い直火焼きパンに色とりどりの野菜や肉、魚介を乗せたカナッペや、リンゴのコンポートを抱えた少年たちは顔を見合わせて笑う。
「うん、さとしにいちゃんはもうおりょうりおわった?」
 智と呼ばれた少年は勿論というようにカナッペを蛍に見せた。
「うっわぁーおいしそう!」
 自身の体より大きい箱を落としそうになりながら蛍は仲迪 智(なかみち さとし)の元へ駆け寄った。
「嫁に欲しいわね。」
 自身の性別を忘れているのかポツリと呟く岬。
 そして後ろから「待ってました!」と言わんばかりに素早く飛び出した影が智の抱えるお盆からカナッペを1つかすめ取る。
「こら陸!」
 智が声を上げるよりも早く陸(りく)と呼ばれた少年の口にカナッペは運ばれた。
「ウマいガウ。」
 肉体こそ完全なヒト型だが、身体能力を重視して造られた野生児……ではなく薫と同じ人造人間の陸は少々欲に忠実な少年である。智からかすめたカナッペも自身の大好物である肉が乗ったものだった。
 周りの少年たちはそんな行動に苦笑しつつ、純粋で気ままな彼を受け入れていた。
 とはいえ今日の主役は彼ではなく薫であり、ほんのり怒気をにじませた声で智は隣の少年に告げる。
「樹、みんなは7個だけど陸は2個少なく置いて。でもって野菜たっぷりなやつ。」
「はいはい。」
 高見 樹(たかみ いつき)は智をなだめつつカナッペを器へ乗せていく。
 熟年夫婦のようなその姿に岬と蛍は顔を見合わせて笑った。

 かの奇跡の科学者は自身が生み出した少女に深い愛情と贖罪の念を募らせていた。
 亡き妻の遺伝子を戦争のための道具として利用した己の狂気、成長するにつれて妻の面影を色濃くしていく彼女。自身が間違っていたことに気が付いたとき、彼は自身の生み出したものを単なる実験物ではなく生き物として、人として見るようになっていた。
『名前など付けると情が移りますよ。』
 実験体は型式で呼ぶことが常であり、量産体制が整うまで名称など付けはしない。
 この時点で彼はもう科学者として死んでいたのだ。

『いずれ必要になる。』
 そう言われ手渡された一対の赤い鉤爪。
 装着すると薫は全身の感覚が研ぎ澄まされ、戦闘兵器としての本能が呼びさまされる。殺戮方法は彼女が生まれて間もないころから映像、実戦、睡眠学習と延々と刷り込まれており、鉤爪だけでなく銃器の扱いも易々と行えるレベルだった。薫はゲリラ戦において生き残ることよりも敵を多く殺すことを優先されていたため、比較的安全に物陰から仕留めることができる銃器より鉤爪などの近接武器を好む傾向があった。
「お父さん……あたしは兵器だったのかな。」
 装着したまま続けざまに素振りをするとワンピースが大きくはためいた。
「おねえちゃんはへいきじゃないよ。」
 いつの間にか2階に上がってきていた蛍今にも泣きそうな不安な顔で薫を見つめている。両手にプレゼントを抱えたまま薫のもとに駆け寄り、足元にプレゼントを置くとワンピースの裾を掴んで見上げた。
「だってないちゃいそうだもん。」
 蛍に指摘された薫はふと割れた鏡に顔を向ける。表情は重く、悲しげではあるものの、今の蛍ほど泣きそうな顔はしていない。
――はずだった。
「あれ、おかしいな。」
 再び顔を合わせた薫の瞼から一滴、涙がこぼれ落ち蛍の頬を濡らした。薫の両手の力が抜け鉤爪は金属音を立てて床に転がり落ちる。
 涙はいつの間にか連鎖し、蛍も泣きだしていた。
 不安で訳も分からず泣く蛍を抱きしめて薫も静かに泣き続けた。

「もーびっくりしたんだから。」
 なかなか降りてこない2人を呼びに行った岬は抱き合ったまま泣き疲れて眠る薫と蛍を発見、傍に鉤爪が落ちていたことから慌てて二人を叩き起こしたのである。
「2人とも目は真っ赤だしお化けでも見たのかと思ったわ。」
 説明しがたいこともあり終始苦笑いを浮かべる薫と、まるで意に介さず陸と遊ぶ蛍。
 プレゼントされたピンクの花柄ワンピースに少し照れながら薫の誕生日会は過ぎていくのであった。

――泣き疲れて気が付けば眠っていたあの日。

――お父さんが悲しげに笑うあたしのための小さな誕生日会の日の夢を見ていました。

――そのおぼろげな記憶の中で覚えている言葉はただ1つ。

『生まれてきてくれてありがとう。』

翠月 -誕生日SS2--了-


☆蒼月☆

プロローグ / 第1話 / 第2話 / 第3話 / 第4話 / 第5話 / 第6話


☆翠月☆

プロローグ / 第1話 / 第2話 / 第3話 / 第4話 / 第5話 / 第6話 / 第7話


☆蒼月・翠月特別編☆

七夕SS / 誕生日SS / 正月SS / 誕生日SS2


☆短編☆

雪化粧 / リストカット / リストカット-消失願望- / 囚われ / ヒトガタ


*Top*  *About*  *Illustration*  *Novel*  *Index*


© 2015 青猫屋

inserted by FC2 system