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蒼月 -誕生日SS-

――夢を見ていたかった。家族が居て、友達が居て、少し苦しくてもとても幸せでいられるような儚い夢を。

「……っ。」
 体のあちらこちらが痛くて、まだ目を覚ましたくない。しかし固く冷たい木床の感触が意識を覚醒へと促してくる。
 夕べまた殴られた小さな体は悲鳴を上げ、どうやら意識を消し飛ばしたらしい。
 まるで邪魔な荷物のように壁際に追いやられそのまま放置されたのだと僕は瞼も開けずに理解した。
 もう何度こんなことを繰り返したのだろう。
 この小さな体はいつまで耐え続けるのだろう。
――いっそ殴り殺してくれれば僕はこれ以上苦しむことは無いのに。
「……それは嫌だ。」
 軋(きし)む体を起こし、死ぬことだけは嫌だと呟いていた。僕はこんなことで死にたくはないんだ。死を連想した瞬間から激しくなりかけた呼吸を整えて立ち上がる。鼻で呼吸をすると野生の獣じみた嫌な臭いがして吐きそうになった。瞼を閉じたまま僕は感覚だけでその部屋を後にする。情事を終えた両親の寝姿など見たくはなかった。

 僕は自室に戻ると着替えるために服を脱いだ。
 まるでダルメシアンという犬のように体の至る所に斑な打撲痕が付いている。よくもこんな状態で生きているものだと思った。もしかしたら僕は既に死んでいて何らかの理由で地獄とやらに送り込まれた罪人だったのかもしれない。
 だから生かさぬように、殺さぬように苦しみを背負わされているのか。
 そう思った矢先、控えめなノックが窓から聞こえた。
 我に返った僕は慌てて服を着ようと手を伸ばし……。
「あぐっ……!」
 夢うつつの状態で抑えられていた痛みが全身を支配して僕は今度こそ覚醒した。呼吸が激しく乱れてそのまま崩れ落ちそうになる。夕べ殴られた時に肋骨へひびでも入ったのだろう、ただの打撲とは違う内部的な痛みも感じられた。暑くもないのに汗が噴き出てくる。
 僕のただならぬ呻き声に反応した窓の外の主は恐る恐る音を立てぬよう静かに窓を開けて中の様子を伺った。裸でうずくまる無様な僕の姿を見て仲迪 智(なかみち さとし)は目を見開いて飛んできた。
「樹……!」
 文字通り腫れものに触るような手つきで僕を布団に導くと今にも泣きそうな……いや、既に智は泣いていた。僕こと高見 樹(たかみ いつき)の唯一無二の親友であり、僕の騎士でありたいと願うお姫様。
 横になり呼吸を整えて痛みを落ち着かせると僕は左手で智の頬に触れた。
「大丈夫だよ。」
 体の痛みに汗をにじませながら呟いた言葉はどれ程説得力のないものか。
 強く握りしめた拳を膝の上に置いて両親に気づかれないよう声を殺して泣き続ける智。
 僕は智の流した涙を指で拭う。
 温かなその雫は指を伝い、手のひらを濡らしていった。
 痛いのは僕なのに、智は僕以上に痛がっている。そうか。
「ははっ……やっぱ痛いや。」
 苦笑いを浮かべて僕は独り言のように呟く。
 その言葉を聞いた智は血が滲みそうなくら強く握っていた拳の力を緩めた。
「痛いに決まってるだろバカ。」
 僕は心配させまいとしたことが裏目に出て、余計に智を心配させていたようだ。
「俺の前で本音隠したらどこで出すんだよ。」
 さっきまで心配で泣いていた智から紡がれるぶっきらぼうな言葉。乱暴な言葉使いだというのに言っている内容は温かだった。

 それから僕たちはいつものとりとめのない会話を楽しんだ。
 会話の端々で何となく智がそわそわしているようだったが気にせずにいると、意を決したように何かを差し出してきた。
「樹、これ。」
「ん?」
 手渡されたのは小さなタッパーと手作りのメッセージカードだった。
 僕は意味が分からず怪訝な表情でいると。
「今日樹の誕生日だろ。なんか祝うって雰囲気じゃなかったから渡そうかどうか迷ったんだけどさ。……誕生日おめでとう。」
 誕生日のことなどすっかり忘れていた僕は小さく声を上げた。あぁそうだ今日は4月9日、僕が生まれた日だったんだ。
 メッセージカードを開くとそこには智の書いた「お誕生日おめでとう」のメッセージと色々な動物のイラストが描かれていた。
「ありがとう。」
 プレゼントをくれたことより覚えていてくれたことが純粋に嬉しくて僕は微笑んだ。
 智はそんな僕を見て顔を赤らめる。
 本当に分かりやすい性格だなと僕は違う意味でも笑みを浮かべた。
「あとそれ林檎だから早く食べないと茶色くなるぞ。」
 照れ隠しのように早口で言うとそっぽ向いてしまった。
 タッパーのふたを開けるとウサギのように細工を施されたリンゴの甘酸っぱい匂いが鼻孔をくすぐる。林檎は僕の大好物だった。
「ねぇ智、半分こしよ?」
「俺はいいよ。」
 家で食べてきたしと智は言う。
「いいからいいから。」
 でも僕は智と一緒に食べたかった。理由は簡単、大好物を一人で食べるよりも二人で食べた方が美味しいに決まっているから。
 僕の小さなわがままを渋々受け入れると智は林檎を頬張る。
 僕も頬張ると甘酸っぱい林檎の味が口一杯に広がった。

――あの日食べた林檎は他で食べたどんな林檎よりも美味しかった。

 死体の山の中で僕の目にふとカレンダーが映り込む。
 今日は11月11日……智の誕生日。
「誕生日おめでとう……智。」
 無意識に呟いていた僕は銃を構え直すとまた壊し始めた。

蒼月 -誕生日SS--了-


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☆蒼月・翠月特別編☆

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