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翠月 第5話-生霊-

「聞き込みを初めて丸二日か……。」
 車のシートを倒し、天井を仰ぎながら仲迪 智(なかみち さとし)は呟いた。小麦粉を練って焼いたような小さな携帯食料を頬張ると少し渋い顔をして目を閉じる。
 旅先で分けてもらったそれは、栄養価はあるらしいがどうしようもないくらい不味いのだ。
「口がパサパサするー。」
 申し訳程度に甘味はついているが、口の中の水分を持って行かれるような粉っぽさは不快でしかない。貰った以上食べるのが礼儀であり、食料を無駄に出来ないといった気持ちから食べはするものの、明日はこれ以外の食べ物を食べると心に決める智であった。
『蓋閉めないと湿気るわよ?』
 頭に直接響く甘い声に反応して智は目を開いた。
 ぼんやりと緑色の光に包まれ浮遊する少女が智の顔を覗き込んでいる。外見から察するに智より二、三年上の少女の幽霊だった。

『今のあなたは生者も死者も見ることが出来る。でもそれは死者からもあなたが見えるということ。死者との付き合いは極力避けなさい。死者に心を許せばあなた自身が乗っ取られる危険性もあるの。』

「(……わかっちゃいるんだけどなぁ。)」
 忠告された言葉を思い返しながら智は携帯食料の缶の蓋を閉めた。口直し用に取っておいた小さな氷砂糖を含むと口の中の粉っぽさが解消される。
『迷惑……よね。』
 智を覗き込んでいた少女は表情を曇らせて助手席のシートにゆっくりと着地した。
「何が原因で死んだのか、自分が誰なのか、それが知りたいんだろ。」
 智は後頭部に腕を回し、目を閉じていつもの眠る姿勢になった。
 霊が記憶を失うこと自体は自然の流れであり、生前強固な意志力・精神力を持っていたとしても、いつまでも記憶を保持することはできない。宗教で謳われる様な輪廻転生はなく、天国も地獄もあの世も前世も復活も再臨もない。記憶を無くし徐々にその姿かたちを保てなくなり次の命の糧となるべくエネルギーへ還元されるのがこの世界の摂理であり条理だ。
 しかし智の隣で小さく座っている少女は最初から記憶をなくしていたというのだった。
 智は彼女に対し二点引っ掛かりがあった。
 一点目は霊体化し記憶も喪失しているというのに彼女の姿がまるで崩れておらず、発光している以外生者同然の姿形を有していること。
 二点目は霊体化を維持するのに他の霊を捕食する必要がないこと。
「(まるで生きてるみたい……だ……。)」
 思考がまどろみいつの間にか智は意識を手放していた。
 無防備に静かな寝息を立てて眠るその横で少女は窓の外を覗く。
 外は暗い闇だけが無限に広がっていた。生者も死者も干渉できない『隔絶』された空間で智の目覚めを待ちながら、霊である彼女は眠ることもできずただ暗い闇をぼんやり眺めていた。
『あたしは誰なんだろう……?』
 覗き込む角度を変えると、室内灯が反射し窓ガラスを鏡のように替えて、車内の景色が映り込む。そこに彼女の姿はなく、眠りについた智だけが映し出されていた。死んだ実感もなく、自身の姿を見ることが出来れば何か思い出せるのではないかという淡い希望さえも叶わない。
『何もわからないまま消えたくない……消えたくない。』
 目を閉じ、自分自身を抱きしめる様にして少女は一人震えた。

――翌日。
 お昼ごろまで聞き込みを続けていた智はようやく彼女と思しき足取りと居場所を突き止めることが出来た。
 だがそこには彼女が記憶を無くした理由、残酷な事実があった。

 古びた診療所の一室に横たわる少女。小さな擦り傷が全身にあるものの、目立った外傷はない。にもかかわらず意識不明の状態であり、ブドウ糖の点滴で辛うじて生きている状態だった。
 見比べるまでもなく目の前の少女は彼女であり、生者であった。
『ここにあたしが……。』
 智の横で浮遊する彼女には生者である自身の姿を捉えることができないようだった。
「……。」
 沈黙する智。聞き込みや医者より明かされた彼女の記憶を失った理由の半分も理解できていない智だったが、彼女が酷く動揺し震えていることに気づいて何も言えなかった。

『記憶を失うということには二つあります。』
 記憶について医者の言葉を思い返す智。
 一つは事故、病気、老化による物理的な脳の機能障害。
 そしてもう一つは何らかの過剰なストレス反応に対する防御反応として放出された脳内物質により記憶の一部をエスケープしてしまった脳の機能障害。
 彼女の場合は後者だった。『ある複数の少年グループより彼女は暴行を加えられた。』のだと。  外傷のない暴行が何を示すのか、そういった知識に欠ける智は深く聞こうとして、止められた。
 智の言葉からでしか自身のことを知ることが出来ない彼女は智が口にした『暴行』というワードに反応して止めたのだった。

『……。』
 そこにあるはずであろう自身の体に寄り添う彼女。何も知らずに消えたくないと願った彼女は知ってしまった事実に震え、そして狂ったように顔を歪め、口元は笑い、目は禍々しいほどの怒りに満ちて感情を爆発させた。
 空気が一変する。
『あはははははは、あははははははははは!』
 智の背後にまるで氷の塊を押し付けられたような強烈な悪寒が走った。
 横たわる少女の体から急速に生きる力が失われ、浮遊する彼女へと流れ込んでいく。それだけではなく、他の浮遊する霊体たちまで取り込み悪霊へなる兆しを見せ始めた。
「まずい!」
 生霊から悪霊に変わる刹那、智は『隔絶』を展開し空間を遮断、浮遊する彼女の腕を掴み自身の力を憑代に少女の体へ強引に戻そうとした。智の瞳が紫紺に染まり、流れ込む負の感情が智を蝕んでいく。
『放せぇぇぇ!』
 怒号とともに掴まれている腕の反対の腕が振り上げられ智の頭を強打する。
 反応が遅れた智はベッドに顔面を打ち付け、意識を一瞬手放した。
 意識が途切れた隙をついて彼女は智の手を振り払い、悪霊化を進行させるべく彼女自身と智を殺しにかかる。

 その時、銃声が轟いた。

 『隔絶』していた空間が解除され、ベッドの少女を背に、彼女へ銃口を向けている智の姿があった。
 頭部の強打された場所が切れて血を滴らせる智と核を撃たれ我に返り静止した彼女。
 智の瞳が紫紺から徐々に元の緑色に戻っていく。
『さと……し。』
 憎悪に身を任せ、自身はおろかあまつさえ智まで殺そうと考えていたことが信じられないというように彼女は力なく崩れ落ちた。
 向けていた銃を下ろしホルスターにしまうと智は手を差し出す。
「まだ死んじゃだめだろ?名前も思い出してないしさ。」
 智の力強い瞳は真っ直ぐに彼女を捉えていた。殺意を剥き出しにした相手の心も智は受け入れ溶かしていく。
 彼女は一度目を伏せ、唇を噛む。そして顔を上げると力強く頷き、智の手を取った。

――それから。
「これでいいの?」
 智は銃をホルスターにしまい、少女に尋ねかけた。
「うん、これでいいの。」
 智と少女の前に無残に積み上げられた少年たち。
 ささやかな復讐と題して少女は智にあることを頼んだのである。
「それでいいならいいや。」

「俺はもう行くよ。」
 智は車に乗り込むと同時にエンジンをかける。
「ありがとう、智。」
 ドア越しに智へ話しかける少女。
「名前思い出せてよかったな。」
「そもそも忘れてなんかなかったなんてオチだったけどね。」
 生霊の姿でいた間だけ思い出すことが出来なかっただけで、体に戻った後は記憶もしっかりあり、生霊の時とは別人のようなからりとした性格の少女であった。
「それじゃ。」
 智がアクセルを踏み込み、車は走り出す。
 車を見送る少女、井上 奏(いのうえ かなで)は一度伸びをし帰るべき家路を歩き始めた。

「少しでも女を見ると恐怖の幻覚が呼び起されるだけって復讐になるのかな?……ま、いっか。」
 智は自身の施したある種の地獄に気付くことなく次の街を目指していた。

翠月 第5話-了-


☆蒼月☆

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☆蒼月・翠月特別編☆

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☆短編☆

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