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翠月 第4話-心痛-

――痛みを知らなければ、きっと辿り着けない。

 灯されたオイルランプの明かりがほの暗い部屋を映し、ベッドの上で汗を滴らせる男を照らしていた。
 中肉中背の初老の男に組み敷かれている少年は言いようのない痛みにうっすらと涙を浮かべて、ベッドのシーツをきつく握りしめている。闇に溶け込むような真っ黒な髪の毛と、闇に溶け込むことなくエメラルドグリーンの光を放つ瞳……仲迪 智(なかみち さとし)の姿がそこにはあった。いつも着ていた緑色のパーカーもズボンも下着も今は全てはぎ取られ無造作にベッドの横に転がっている。男が腰を突き上げ、ベッドの軋む音と粘着質な水の音が規則的な音を立てるたびに智は体を震わせて喘いでいた。
「いつ……き……。」
 呼吸困難になりそうなほど荒い息をしたまま、居るはずのない少年の名前を途切れ途切れに口にする。貫かれた痛み以上に、こんなことをしてまで壊し続ける友の痛みを体感して智はとうとう本格的に泣き出してしまった。

――数時間前。
 この町に大勢いた暴力団や薬に関わっていたチンピラ、売人どもがある日を境に跡形もなく居なくなってしまったという情報を小耳にはさんだ智は、町の情報屋と呼ばれる男と接触した。いつも大事に持ち歩いている写真と探している少年、高見 樹の外見的特徴を伝えると、その男は智を値踏みするように上から下まで眺めてこう切り出した。
「そいつなら知っているぜ。」
 知っていると言った途端智は目を見開いてその少年の情報を聞き出そうと身を乗り出した。
「悪いがタダじゃ情報は教えられない。知りたいならその体を売って貰う。」
 男は写真を見ながら「そいつと同じようにな。」っと付け足した。

 本格的に泣きだした智に罪悪感を覚えた男は腰の動きを止める。
「おいおい、今更泣くなよ。」
 子どものようにボロボロと涙を流し、しゃくり上げる智の頭を撫でながら男は中で小さくなる自分を感じていた。興が冷めたのだろう。ゆっくり腰を引いて抜き取ると男は何も言わず智を抱きかかえる。
 拳をきつく握りしめたまま智は男の中で泣き続けた。
「悪かったな……。」
 ただただ一途に幼馴染の少年を探す智を不憫に感じながら、子どもをあやすように背中をさすり落ち着くのを待ったのだった。

「……あれ。」
 窓から差し込む朝の陽ざしに覚醒を促された智は上体を起こした。まだ意識ははっきりしないのか寝ぼけたまなこのまま部屋の中を見回す。目線を斜め下に移動させると情報屋の男が眠っていた。素っ裸で眠っていたことに羞恥を覚えつつ、蹴り飛ばしていたタオルケットに身を包む智。どうやら泣き疲れて眠ってしまったらしいことを思い出した。幼馴染であり、とても大切な人のことを少しでも知ろうとしたのにこの様だと智は自虐気味に笑う。
「こんなんじゃ教えてもらえないよな。」
 独り言を呟くと眠気でそのまままた寝なおすことした。昨日散々泣いた瞼から一筋の涙が流れ落ちるのを感じながら智はまた眠りに堕ちていった。

 智と入れ違いで男は目を覚ました。
 横で眠る智は被りなおしたはずのタオルケットをまたも蹴り飛ばし、文字通り無防備な姿を晒している。涙が流れた後が残っているものの、あどけない少年の寝顔は男を再び興奮させるのに十分な破壊力があった。
 だがしかし昨日のように泣かれてしまってはと思う。何度か思案した後男は肩をすくめると傍に置いていた煙草に火を付けた。
「こっちの方が可愛げも開発し甲斐もあるってのに、歳かな。」
 煙草の紫煙と共に大きなため息をつく。犯しているという感覚に酔えるほどもう若くない現実に違う意味でショックを受けていた。

 しばらくしてまた智が目を覚ますと、男はベッドの上に居なかった。今度は意識がしっかりしているようで、足元のタオルケットで身を包むと男を探して隣の部屋に足を進める。
「目が覚めたか。」
 机の上の資料を整理していた男は手を止めて智に向き直る。
「……誘ってるのかお前は。」
 健康的な素足を晒し、タオルケット一枚で現れた智にがっくりとため息をつく男。昨日と今朝お預けを喰らったこともあり今度こそ理性がエスケープしそうな勢いだ。
「?」
 男が密かに葛藤していたなどつゆ知らず智は首をかしげた。
「据え膳食わぬは男の恥という言葉を知らないのか?」
 半ば頭を抱え苦笑する男に智は疑問符だけが増えていった。
 世間知らずと言うべきか無垢と言うべきか、情欲についてはまだまだお子様な智である。

「どんな魔法を使ったのか分からねーが、全く死体も何も残っちゃいないんだ。」
 服を着てベッドの上に座っていた智は男が持つ樹に関する情報を聴いていた。
「目撃者が一人くらいいても良いはずなんだが……闇に紛れて殺ったんだろうな、全く(情報が)上がってきやしない。」
 水色の髪の毛と瞳に、橙色のパーカーと言う誰が見ても目立つその姿で目撃者は一人もいなかった。消えてしまっただけで本当に殺されたのかどうかも分からない。ただ、樹に情報を渡した後でこうなってしまったという事実だけが残っている。
「俺が知っていることはこれくらいだな。」
 静かに聴いていた智の瞳から涙が溜まっては落ち、溜まっては落ちを繰り返していた。孤独に闘い続ける樹の姿を想像すると胸が痛み、痛みがそのまま涙に変換されているようだった。
 男は智の頭を撫でるとこれで話はおしまいといったように立ち上がる。
「追いかけるのはもう諦めたらどうだ。」
 独り言のように智に背を向けて呟いた。智が幾度となく樹の情報を聞くたびに傷付いて泣いているのではないかという憶測がそこにはある。
 実際その通りだった。しかしその言葉を聞いた智の表情は泣き顔から一変、涙に火が灯ったように強い決心を帯びた顔に変わる。
「俺はいつも樹に守られてばっかりだった。今もきっと樹は俺や俺の周りの人が薬なんかに手を出したりしないようにその根を断ち切ろうとしている。」
 握りしめた拳を見つめながら智は続ける。
「たった独りで、帰る場所もなくして……だから、俺が樹の傍に行かなきゃいけないんだ……!」
 独り辛い世界に身を投じ、壊し続ける樹を受け止められるのはきっと自分以外居ない。
 諦めるわけにはいかないのだという智の迫力に気押されて男は口をつぐんだ。泣いてばかりでか弱く小さな姿に映っていた智がまるで別人になっている。
「……なら頑張れよ。」
 煙草に手を伸ばし一服する男。どんなに泣いたってくじけたりしない、そんな芯の強さを垣間見て男は智の頭を少し乱暴だが優しく撫でた。
「たく、世話の掛かる彼氏だな。」
「え?」
 煙草の紫煙と共に呟いた彼氏という単語に智が首をかしげると、男はまたがっくりとため息をついた。ここまで来ると無垢というよりはただの世間知らずと言った方が良いのではないだろうかと頭痛を堪えるようなポーズでもう一度ため息交じりに紫煙を吐きだす。
「彼氏ってのはなぁ……。」
 この後小一時間男の説明が続き、理解した智が顔を真っ赤にしたのは言うまでもない。

翠月 第4話-了-


☆蒼月☆

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☆翠月☆

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☆蒼月・翠月特別編☆

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☆短編☆

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