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翠月 第3話-怨霊-

――イタイ……。

「今日は久しぶりに豚肉が食えるぅ!」
 両腕にぶら下げた黒い布製の袋に食料を大量に買い込み意気揚々と歩く少年、仲迪 智(なかみち さとし)は袋の一番上に見える豚肉の包みを見て満面の笑みを浮かべていた。ここ数日人間に襲われることも無く平穏無事な生活を送っていたため、収入が無く、保存が出来る野菜や摘み取った野草、撃ち落とした野鳥を食べて過ごすだけというジリ貧状態で旅していたのだ。魚を釣って食べるという手もあるのだが、少々気の短い彼には釣りは向いておらずそれなら野鳥を撃ち落として食べた方が早かったのである。時折シカやイノシシと出会えることもあるのだが、野生の勘とでもいうのか彼から漏れ出る力に恐れをなして逃げてしまうのだった。
「……っ!この感じはっ。」
 浮かべていた笑みを消して立ち止まり、周囲を見回した。辺りの空気が張り詰めるような強烈な殺気に眉をひそめ、一刻も早くこの場所から離れなければならないと感じ車がある方へ走りだす。同時にまた自らの迂闊さに腹を立てた。そう、この町には浮遊する魂が極端に少なかったのだ。
 動植物は死んだ後媒体となっている体から魂が抜けて地に帰るのだが、生き物の種類によっては魂の状態で一定期間浮遊しているものもいる。浮遊している間魂は徐々に生きていた頃の記憶を失い、地に帰り次の生命を担う不可視のエネルギー体となるのが通常だが、恨みや憎しみ、悲しみなど強い負の念を抱いて死んでいったものは魂となった後も記憶を維持し続け、浮遊する魂を喰らい怨霊ともいうべき存在へと変貌していく。
 浮遊する魂が少ないということは怨霊と遭遇する可能性が高いといえるのだ。
 生きているものに魂は知覚できないし、同様に魂に生きているものは知覚できないのだが、彼は両方知覚できる……つまり魂や怨霊からも仲迪 智という存在は知覚できるのである。万が一怨霊に見つかってしまったら戦うしかないのだが、人目に触れるところでは襲ってきている相手が常人には見えない分戦いづらいのだ。見えない相手と戦うという見た目が滑稽なこともあるが何もないところで銃を抜くなどトリガーハッピー以外の何でもない。

――イタイ、イタイ、イタイ……!

 何処からともなく木霊(こだま)する声に彼は焦り、辺りを見回した。
「こうなったら……。」
 車を置いている場所の手前で道を曲がり、人気のない雑木林に飛び込んだ。草木をかき分け少し開けた空間を見つけるとそこで足を止め振り返る。
 先ほどよりも禍々しい殺気が前から近づいてきていた。
 木の根もとに買い込んだ袋を置くと、右腰に釣ったホルスターから自動式の黒い拳銃を引き抜く。
 雑木林をすり抜け軽トラック一台分くらいの大きさで紫色の炎を纏った狼のような怨霊が、牙と爪を光らせ、唸りながら襲いかかってきた。
「!!」
 拳銃の引き金を引くよりも早く怨霊の右前足が彼の体をぶん殴り後方へふっ飛ばした。
 ふっ飛ばされた体は背中を木に強く打ちつけ一瞬呼吸が止まる。
「がっ……!」
 瞬間的に左手で作った光の壁により殴られた際の内臓へのダメージは抑えられたが、木へ打ちつけられた衝撃で意識が飛びそうになるのと胃の中の物が逆流しそうになる。それらを堪えて智は前方に向かって引き金を引いた。一度態勢を建て直すために淡い緑色の光の壁で防護する。
 怨霊は噛み殺さんばかりの勢いで光の壁に突進を繰り出し、光の壁を軋ませた。
 銃弾などの物理的攻撃と違い、力の質が近い怨霊の攻撃にそう長く持ちそうにないと悟り両手で拳銃を構え、精神を集中させる。
 怨霊は魂を喰らい膨れ上がった塊であり、核となる元の魂の記憶を消せば本来あるべき魂へと戻るのだ。
「……もうお前は死んだんだ。辛いことは、忘れてくれ……。」
 一瞬悲しげな表情を浮かべると怨霊の核の魂に話しかけるように呟き、引き金を引いた。
 拳銃から放たれた緑色の弾丸は真っ直ぐ怨霊の額を撃ち抜きまばゆい光を放つと、怨霊が纏っていた紫色の炎が消え、喰らった魂たちも散っていき地に帰っていく。
 核となっていた魂が舞い降り、薄緑色に発光する小さな子犬の姿になった。見れば体中に刃物で切り裂いたと思われる傷があり、息絶え絶えな姿である。
「そうか……。」
 恐らく心ない人間に無残に切りつけられじわじわとなぶり殺されたのだろう。そしてそれが原因で怨霊へとなってしまったのだ。
 子犬の魂を抱き寄せ治癒のエネルギーを施す。記憶を消した以上この子犬の魂はもう何も覚えていないし、放っておいても直に地に帰るのだが、痛々しい体の傷だけは治してやりたかったのだ。しかしながら魂のとる形は無意識の中で作られるため、傷は治りもしないしこの行為そのものは自己満足でしかない。
 子犬の魂は一瞬穏やかな鳴き声を上げて彼の腕の中で静かに霧散していった……。

「肉に野菜に醤油と砂糖、今夜は豚肉すき焼きだ!」
 車に一通り食材を積んだ後、彼は先ほどの雑木林の中へ来ていた。
「お前も一緒に食べようぜ。」
 子犬の魂が霧散した場所へ積んだ石の墓標に向かって話しかけると、すき焼きの準備をし始めたのだった。

翠月 第3話-了-


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