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囚われ

 ラベンダーの香りが立ち込めた大きな部屋で僕は目を覚ました。
 両手首にはいつから着けられたのか分からない黒い手枷、手枷から延びる鈍色の鋼の鎖が壁に繋がれ僕の行動範囲を制限する。
 ベッドサイドには夕べ炊いたラベンダーのお香の燃えカスが残っていた。
 被っていたタオルケットをよけて起き上がると目の前にある大きな鏡が手枷しか身に着けていない僕の裸体を映し出す。
 首筋や胸板、腕のところどころに浮かぶ赤い痣は僕のご主人様が付けた愛の証なのだという。白い肌の僕にその痣はまるで痛々しいほどに目立っていた。
「……お腹空いたな。」
 ベッドから降りると僕はすぐ横のダイニングテーブルへ向かう。
 ダイニングテーブルには一人分の食事が用意されていた。ロールパン、ハムエッグ、野菜スープ、カモミールのハーブティ。
 パン以外はご主人様の手作りだ。お世辞にも料理が上手いとは言えないご主人様だけれど、栄養のバランスはそこそこ考えてくれているらしい。
 ロールパンをちぎって口に運び、ゆっくり咀嚼した。
『早食いは体に悪い。』 『よく噛んで食べろ。』  それが食事の時の僕のご主人様の口癖だった。
 次に具沢山な野菜スープを口に運ぶと妙な甘みを感じた。多分塩と砂糖を間違えたのだろう。少々げんなりしつつ、すぐ横のハムを口に含んで食べる。
 ハムの塩味で若干食べやすくなった。
 ご飯を残すと体調が悪いのかとすぐ心配するご主人様のために僕は無理矢理でも食べきるようにしていた。

 いつからだろう。僕はこの部屋の外にいた記憶がない。ある日突然ここにいて、その時からずっと今と同じ生活を繰り返している。変わったことは何もない。強いて言えば僕の体が成長したこと、手枷が重いと感じなくなったこと、そしてご主人様の愛情を受け入れられるようになったこと、これくらいだろうか。
 最初は訳も分からずただ外に憧れては泣いていた。何度か逃げようとしたこともあった。手枷が食い込んで傷だらけになって、血を流したこともあった。それでも頑なに外へ出してくれないご主人様を呪ったこともあった。
 でも、どんなことをしてもご主人様は優しかった。いつだったかご主人様は『外へ出したくないのは居なくなってしまうのが怖いから。』と吐露したことがあった。
 鎖がなければ僕はどこへだって行ってしまうだろうと。確かにそうなのかもしれない。でも、ご主人様の寂しげな顔を見ていたらいつの間にか僕は自分からご主人様を抱きしめていた。
 ご主人様のエゴだと分かっていながら、この人は僕を必要としていると初めて認識した日だった。

 ご飯を食べ終わると僕は洗面台へ向かう。鎖で動ける範囲はこの部屋とトイレと洗面台が合体したユニットバスのみ。その洗面台で食器を洗うと僕はまた部屋に戻る。これからお昼まで勉強という名の読書に耽るのだ。
 読む物は文学小説からライトノベル、事典、百科事典、数学の本、医学書、洋書と本であるものならなんでも読んでいた。時間はかかるが数学はほとんどの問題が解けるほどに、英語は喋れなくても難なく読むことができるほどに四六時中読んでいた。
 決して僕の頭がいいわけではない。ご主人様がいない間はそれ以外にやることがなかったのだ。
 僕の記憶がここからしか始まっていないことも手伝って本を読めば読むほど、そこに書かれている知識は僕の中に蓄積されていく。そして貯まった知識は僕を外へ連れ出そうと何度も何度も手招きするのだった。
 例えこの手枷がなくなってしまっても、もう僕は外へ出ることはないというのに。

 時計の針が正午に傾いた頃、玄関と思われるドアの開く音がした。
 ご主人様が帰ってきたのだ。
 僕は帰りを待ちわびた子犬のように通路へつながるドアの前に座り込んで待機する。鎖が届く限界ギリギリの位置で、僕からは通路側のドアを開けることが出来ないからだった。足音が徐々に近づいてくるにつれて鼓動が早くなっていく。早く会いたい、構って欲しい、抱きしめて欲しい。
 口には決して出さない言葉だけれど体は正直だった。鼓動と同調するように熱を帯びて膨れ上がり頭をもたげる僕の性器は扉が開かれると同時に最大の大きさとなった。
「ただい……。」
「おかえりなさい!」
 カエル座りで両手をついた状態からご主人様に飛び掛かる様に僕は立ち上がった。鎖のせいでご主人様に今一歩届かない状態が何とももどかしく思ってしまう。
 ご主人様はそんな僕の姿を少し止まって眺めた後近づいて頭を撫でてくれた。
「元気一杯だな。」
 膝を折り、僕と同じ高さの目線になると抱きしめてきた。
 スーツ越しに感じるご主人様の匂いに心底安心して身を委ねる僕。
 この部屋から出られない僕の身はご主人様の身に何かあったとき信頼のおける誰かが面倒を見てくれる手はずになっているという。
 それは常に一つの不安を生み出していた。もしこの部屋に誰かが来ることになってしまったらご主人様ともう会えないのではないか……。鎖に繋がれ素っ裸で性器を勃起させて待っている僕の痴態をご主人様以外の誰かが見てしまうことも不安ではある。でもそれ以上にご主人様の身を案じている僕がいた。
「ここも元気だな。」
 ご主人様の指が天を仰ぐ僕の亀頭の先端に触れる。
「あっ……。」
 僕の性器は我慢できずに涎を零していたようで、ご主人様の指が動くたびに水っぽい音を立て、僕の性器の涎でぬめった指の感触が伝わってくる。まだ触れられているだけだというのに身体の力が抜け膝を振るわせてしまう僕。
 声を上げないように両手で口をふさぐ僕の耳元でご主人様は甘く囁いてくる。
「聞かせろよ、冬弥(とうや)。」
 そう言われても喘ぎ声を上げることが恥ずかしい僕は口をふさいだまま目をつぶってしまった。
 ご主人様は何を言うわけでもなく僕の性器に刺激を与え続けていき、やがて僕を堪えられなくしていく。
 性器に与えられた快感で息が荒くなり、喉が鳴る。口をふさいでいた手は快感を堪えようといつの間にかご主人様の背中に回り爪を立てていた。
「……っ、や……あ……。」
 体中が火照り、全ての感覚が性器だけに集中していくような感覚に落ちていた。ご主人様の手が僕の性器を包み込み、抗いようのない快感に支配されていく。中からこみ上げてくる抑えがたいものと、徐々に早くなっていくご主人様の手の扱き、体を震わせ漏れ出る喘ぎ声。
 無音の部屋に僕の喘ぎ声と規則的な湿った音が響き渡る。
「で、ちゃ……。」
 腰が引けた状態で背中を仰け反らせ、僕はご主人様の手の中に性を放った。脈動する性器とは反対に完全に体の力が抜けてしまった僕は背中へ回していた腕さえも下ろしてご主人様にもたれかかる。
「ご主……人様ぁ……。」
 虚ろになった僕はお姫様抱っこをされるとそのままベッドへ連れていかれ、寝かされた。ずっと部屋に閉じ込められている僕の体力はしれていて、一回イっただけでもぐったりしてしまうのだった。
 ご主人様はベッドサイドに置かれたティッシュで僕の性器と手を拭う。そしてティッシュの横に置いてある黄色や赤色のお香の入った瓶から僕が好きな紫色のラベンダーのお香を取り出して火を点けた。汚れていない方の手で僕の頭を撫でるとご主人様はお昼ご飯の準備をしに部屋を出て行ってしまった。
 ボンヤリ惚けてしまった僕の思考は呼吸が落ち着いた頃には完全に止まり、ラベンダーの香りに包まれながら意識を深い闇へと落していた。

囚われ-了-


☆蒼月☆

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☆翠月☆

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☆蒼月・翠月特別編☆

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