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リストカット-消失願望-

 もう何度繰り返したのだろう。手首を切りつけるだけの日々。その過程でようやく一つの答えを見つけることが出来た。
――私は死にたいんじゃない、消えたいのだと……。

「……あのバカっ。」
 机の上に残された一枚のメモを見つけた瞬間、相川明子(あいかわあきこ)は煙草を灰皿に押し付けた。すぐさまコートハンガーに引っ掛けた上着を乱雑に掴み、事務所の鍵さえもかけずにビルを飛び出す。
 事務所には淹れたばかりの二人分のコーヒーだけが取り残されていた。

 人の目も気にせず宛てもなく全力で走る彼女はふと足を止めた。
「行方の分からない者をどうやって一人で探せるって言うんだ。」
 落ち着け明子っと彼女は自分自身に言い聞かせるように呟く。
 メモを残したということはまだ本心から消えたいと思っていない。しかし、消えたいと思う前に救いださなければあの子は本当に消えてしまう。
 ポケットから煙草と木製のケースで覆われたzippoを取り出し、火をつける。奥歯を噛んだまま彼女は上を向いた。
「冷たくなるんじゃないよ、優兎。」

 道を外れて私はいつの間にか暗い森の中に居た。きっとここなら私は消えることが出来る。白いワンピースに身を包み、左腕は包帯で包まれてその痛々しさを見せつけながら私はここまで歩いてきた。
 素肌を久しぶりに晒した右腕はきっと病的なまでに白いのだろう。
 何かが物陰から見ているような気配を感じながら私はその場で地面と同化することを選んだ。
――あぁ、彼女には御礼の一つも口に出来なかった……。

――病院の地下だった。
 私は階段を下りるたび空気がシンと冷えていく感覚に襲われて、柄にもなく自分を抱きしめてしまいそうになる。『霊安室』とタグの付いたドアを叩く。
 ドアの取っ手が酷く冷たかった。
 顔を白い布で覆われ横たわる者が誰なのか確かめる必要はない。
 その手に触れる。温もりはなく、ただ冷たかった。
「ありがとう、なんてお前らしくない。」
 天を仰ぎ精一杯の強がりを私は口にした。

 夢を見ていた。
 幼い頃から白髪頭だった私は何もしなくても目立っていた。私は普通になりたかった。集団の中で息を潜め、目立たないよう、目立たないよう……。それでも普通じゃない私は奇異の目に晒され何かとそんな役回りを演じさせられた。悲しかった。髪を染めるという行為を覚えてから私は少しだけ普通になれた、そう思っていた。
 普通じゃないと積み上げられた私の人格は普通に振る舞うことを許されなかった。悪目立ちするのは変わりなかった。集団の中でもっと息を潜めるようになった。
 代わりに私は逃げ道を覚えた。インターネットだ。でもそんな私にインターネットすら居場所なんてなかった。私は誰にも必要とされていなかった。ただ欲望の道具にされたに過ぎなかった。

「いつまでそこで寝ているんだお前は。」
 乱暴な、それでいて心底心配した声に私こと黒田優兎(くろだゆうと)は覚醒を促された。
「明……子さん。」
 地面に1日半ほど同化していた私はまだ夢心地の中に居た。なのに何故だろう私の目頭がとても熱くて涙がボロボロと零れ落ちる。気が付けば私は明子さんに抱きかかえられ子どものように嗚咽混じりに泣いていた。
 静かな森の中で私の声だけが反響していた。

 この日から私の消失願望はなりを潜めていった。 ――居場所が欲しかった私を受け入れてくれた彼女に、もう悲しい思いはさせたくない。
 写真の中で明子さんと微笑む見知らぬ男の人に向かって私は誓った。

リストカット-消失願望--了-


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