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リストカット

 何で私は生まれてしまったんだろう。誰かを傷つけることしか出来ず、否定することでしか自己を表すことが出来ない。居ても居なくても変わらないなら死にたい……。

「っ……。」
 乾いた音を立ててカッターが落ちる。刃は今私が切りつけた私自身の薄汚い血で赤く鈍く光を放っていた。
 左手首の切れ目からゆっくりと血が溢れて洗面台を汚していく。座り込むことなく立ったまま私は蛇口から流れ出る水へと傷口を持っていった。
 固まることなく流れ出ていく私の血。
 頭が少しずつ冴えていくような錯覚に私はようやく冷静さを取り戻した。今度こそ死のうと思うのに体は生きようと必死で、流れ出る血が徐々に収束していく。また私は死ねなかったのだ。

「随分と顔色が悪いな。また死ねなかったのか。」
 煙草を燻らせながら相川明子(あいかわあきこ)は呟いた。
「お前も飽きないね。」
 灰皿に灰を落とすと彼女は煙草を口に運ぶ。
 紫煙が立ち昇り、ため息をつくように私を諭す。
「何度も言っているが自傷行為は死ぬためにするんじゃない、生きていると実感するために行う儀式みたいなものだ。本当に死にたいならそこの窓から飛び降りれば良い。それが出来ないのはお前が本当は死にたいと思っていない証拠だよ。心配させるだけで何の生産性がないのは分かりきっていることだろう。」
 私はうつむいて傷だらけの左腕を握った。もう夏でも長袖しか着れない程傷付きどうしようもない私。
「衝動に駆られてしまうお前の気持ちも分からんでもないがね。」
 吸い殻を灰皿に押し付けた彼女は「ご飯にしよう。」と告げると冷蔵庫から出来合いのサンドイッチを取り出した。

 3か月前宛てもなく夜の街をふらついていた私を彼女は拾った。
 道端で捨て猫同然のなりをしていて、左腕は乱雑に包帯で巻かれて所々血が滲み出していた姿から一目で自傷行為者であることを見抜いていたらしい。
 金の掛からないアシスタントを探していた彼女は私に声を掛け、このビルへと連れ込んだ。
 そして今に至る。

「午後から日比野で撮影がある。空調は効いていると思うがこの暑さだ、動けるか。」
 コーヒーに口を付け、私の体調を気遣うような口調で彼女は告げる。
 コーヒーとサンドイッチが木製で出来た食器に並べられた食卓は、インスタントながらもオシャレさを醸し出していた。食器棚には木製の器が所せましと並び、ガラス製や陶器製の食器は一切見当たらない。
 冷たいものは嫌いなのだという彼女なりのこだわりだろう。
 撮影機材や家電などを除いたらこの部屋は殆ど金属やガラスで出来たものは無い。
「……大丈夫です。」
 頬張っていたサンドイッチを飲み込んだ私はか細い声で呟いた。

 私こと黒田優兎(くろだゆうと)は平凡な22歳の女子大生だった。容姿は良いと言えず、大人しいと言うかどちらかと言えば暗い部類に入る。笑顔だけは得意だった。
 インターネットで知り合った男と付き合いかけ、行きずりの男と軽い情事を交わし、彼女のいる男と付き合った。そのどれもに好きだとか愛だとかを傾けることが出来ず、破綻した結果が今の私を造り上げていた。
 自分を好きになることが出来ない私が誰かを好きになることなど最初から無理な話だったのだ。私は彼らを受け入れ、否定し、縺れて壊れた。
 ……そして居ても居なくても変わらない存在だと認識した瞬間から私の自傷行為と深夜徘徊が始まった。死ねないなら誰か私を殺して欲しい。ただそれだけだった。

「はぁ……。」
 いつの間にか食後の一服を済ませた彼女はため息をつき、私に今日は休めと告げた。
「大丈夫ですよ、動けますから。」
 さっと立ち上がり、食器を片付けに入る私を見て更にため息をついた。
「この空間でもお前の心は溶けないんだな。」
 呟いた後、彼女は二本目の煙草を咥えかけて、それを箱に戻した。
 彼女の言葉に若干の悲しみが含まれたいたのを感じ、胸を締め付けられる。私の身を案じてくれている、ただそれだけで私は嬉しいと感じてしまうのが情けなく、それにしか縋れない私を嫌悪した。

 今日もまた繰り返す。薄汚れた血を見る日々。いつか死ぬ私を悲しんでくれる人が居るなら、それだけで私は生きていた価値があるのだという幻想を抱きながら。

リストカット-了-


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